天野ふみこ(本名 天野富美子) 1968年生まれ。東京出身。東京女子短大卒業後、1989年夏に渡米し、ウィスコンシン州立大をアート専攻で卒業。現在に至るまで、サンフランシスコ、ニューヨーク、ロサンゼルスなどでさまざまなアート活動を行っている。2004年から2006年まで画家のグループ「ファーマカ」の一員として活動後、同グループが経営する非営利団体アートギャラリー「ファーマカ」(www.pharmaka-art.org) のボードメンバーとして活躍。また、彼女の出しているウィークリーイベントリスト「アトリエゼロ イベントリスト」<http://atelierzero.com/event.html>は、2004年6月「ロサンゼルスマガジン」でも取り上げられたように、ロサンゼルスのアート関連情報リストとして高く評価されている。現在ロサンゼルス市アーティスト地区在住。

11・11・06に行った個展最終日のLIVE PAINTING SESSION WITH MARINA PETERSONから。
Copyright:Richard Edson 2006
『どちらがより音楽的だろうか。工場を通り過ぎるトラックの音だろうか。それとも音楽学校のそばを通り過ぎるトラックの音だろうか。』 (ジョンケージ) どこの街も「ソニックランドスケープ」(音景画)を形成出来る音でいっぱい。光化学スモッグのひどかった70年代の東京で育った私には、空気汚染を警告する黄色の旗は、毎回見るたびに非常にうっとうしく感じたものだった。が、自動車、サイレン、電車の騒音などは逆に「ソニックランドスケープ」(音景画)として常に親しみの在るものであった。 3才の時に始めたピアノでは、クラシック音楽を主に習い、これが後々私の絵画「ソニックランドスケープ」(音景画)を作成するにあたって、音の構成を分解するという過程で非常に助けになった。今振り返ってみると、産業騒音も近代的な音楽として耳に入ってきたのかもしれない。 私の作品は音に刺激を受けたもの。音がキャンバスに降り掛かると、私がそれを色にする。多くのクラシック音楽の作曲家が 楽譜を作ったように、私も色という音符で楽譜を作るのだ。 いつだったか、確か「題名のない音楽会」で井上道義指揮者だったと思うが、彼が大きな絵を長い指揮棒で差しながらオーケストラを指揮していた姿を見たのが私の街の音を視覚化するという作品の始まりだった。絵の色や形が流れてくる音楽に溶け込んでいたのに心を打たれた。また別の折にジョンケージの作品「ウォーターミュージック」(水音楽)を初めて見た時の印象が「楽譜」ではなく「絵」のようであったことも刺激になっていた。 私の絵は、コラージュを使ったものが多い。特にコラージュを使って絵を描いている際に、既に出来上がったものを切ったり貼ったりすることで新たな意味を持った作品がクリエイトされるという点では、現代のDJと似ているかもしれない。建築物、日本のマンガ、夢日記、ビートポエトリー、そして音をモチーフにした絵をこれからも描き続けたいと思う。 (2002年 英語から翻訳) All rights reserved. © Fumiko Amano 2005
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